バス・タクシーで出会った、心がほっこりする想い出

ドライバー

われわれが普段、何気なく利用しているバスやタクシー。

それらは単に便利さをもたらしてくれる移動手段というだけではなく、ほっこりと心温まる瞬間に出会える場でもある。

たとえば、ドライバーとの触れ合いや乗客同士の心の通い合い。

いずれも意識しなければ気づかないかもしれない、本当にちょっとしたことではある。

だが、暮らしや旅の中での大事な思い出とは、何も絶景を見たり感動的なシーンに涙したりといったインパクトの強いものばかりとは限らない。

筆者の経験則から言うと、ごくごく普通の出来事の中でこそ、後から何度も思い返したくなる記憶は生まれるものである。

交通機関絡みのニュースといえば、どうしてもトラブルや事故絡みのものに報道価値があるとされ、テレビや新聞などでは心のすさむ話ばかり伝えられがちだ。

だが、筆者は声を大にして言いたい。

人の優しい心に触れた思い出や世間話レベルの体験にも、きっと誰かに語るべき価値がある。

ここではそんな信念に基づいて、バス・タクシーにまつわる何気ない日常のひとコマトークをお届けしたい。

旅の楽しみを広げる「おまかせタクシー」

「この辺でどこか面白い場所、ありますか?」

見知らぬ土地で駅前などに停まっているタクシーに声をかけ、そんなことをたずねた経験はあるだろうか?

ガイドブックどころかインターネットで調べれば、今や必要な情報が何でもヒットする時代。

それでもなお、ご当地の知られざる魅力や穴場を知ろうと思ったら、そこで暮らす人々に聞くのが一番であり、個人的にはタクシードライバーの知識が一番頼りになると思っている。

街の人に聞くのもいいが、タクシーならば聞いた場所にそのまま案内してくれる。

しかも、そういう時には運転手さんが土地の由来やグルメにまつわる話など、長年その土地に根ざす人ならではの語りを披露してくれるものだ。

その一期一会の体験がたまらなく好きで、筆者は国内旅行に行くと必ず、タクシーを使ってしまうのである。

かつて出版社に勤めていた頃の話になるが、その会社は年に一度必ず社員旅行があった。

表向きは社員研修、でも本当の目的は経営陣が行った先でゴルフをしたいだけとのもっぱらの噂。

また、初日の宴会では「えー、今年も会長のおかげでこのように盛大な社員旅行をとり行うことができ……」といった副社長のごますりスピーチを聞かされるのがお定まりで、それさえ耐えれば後は割と自由な時間をすごすことができた。

社員一同で那覇に行った時には、同僚と「きれいな海が見たい」という話になり、流しのタクシーに「ここから一番近くて、一番きれいな海に連れていって欲しい」と頼んでみた。

ドライバーのおじさんの答えは、「そりゃあ、あそこしかないさ」。

そうして連れられていったのは、空港が目の前というロケーションの、とあるひなびた場所だった。

「観光客はあまり来ないし、何もないけど、あんたらが言ってるのってこういうところ?」

そう、おじさんの言う通りまさにドンピシャ。

賑わう那覇市内から少し走っただけで、前日泊まったホテル前のビーチよりよほど透明度の高い海に出会うことができ、そこで同僚とタクシーのおじさん、合わせて4人で無駄話に花を咲かせたのだった。

また、秋の富良野に行った時には、繁華街で知り合ったタクシーの運転手さんに面白い場所はないか聞くと、「温泉行くかね?」と誘われた。

何でも、十勝岳のふもとに知る人ぞ知る露天の秘湯があるそうだが、こちらは男女4人、タオルも何もないと言うと、そんなのその辺のスナックで手ぬぐいでも借りればいい、話なら通すとのお返事。

後はホテルに帰って寝るだけと思っていたのが、いきなり十勝岳を目指す長距離ドライブとなった。

思えば自分の人生を振り返ってみると、混浴を体験したのは後にも先にもその時だけだ。

ヒグマにだけ気をつけなよと言われつつ入った温泉は管理者も誰もおらず、十勝の自然に溶け込んだ紛うことなき秘湯である。

これぞ予定調和の旅にはない楽しみ。

温泉に浸かりながら、思い出とはこうして心に刻まれるのだなとしみじみ思った夜だった。

運転手さんの個性が感じられる独自サービス

さて、このような行き先をタクシーに任せる旅が安全に楽しめるのは、実は日本ならではのこと。

海外に比べると日本の場合、安全さだけでなくサービスの質、ドライバーの礼儀正しさに至るまで、まさに段違いだ。

とりわけ筆者が日本のタクシーでたまに遭遇して感心するのは、お客をもてなす独自の工夫である。

たとえば、料金のやりとりをするトレーの横に飴の入った入れ物があり、おひとつどうですかと勧めてくる人。

本当にごく些細なことなのだが、筆者はいまだ海外でこのような気遣いに出会ったことがない。

飴なんて……と思う方がいるかもしれないが、それが懐かしのパインアメやコーヒー飴だったとしたら?

どうってことない人もおられようが、どちらも筆者にとっては子どもの頃の思い出の味。

「飴って言ったらやっぱり、コーヒー飴ですよね……!」と、意気投合して話し込んでしまうのである。

また、下車間際によかったらこれ、持っていってくださいと手製のミニコミを渡されたこともある。

「自分で作った詩や俳句とか、他愛もないものです」と言うそのドライバーさんは、実に温厚そうな方。

でも、こういうタイプほど内に激情を秘めているのではーーと期待しつつ自宅で読んでみると、本当にごくごく素朴な作りで、心がほっこりしてしまった。

はっきり言えば内容どうこうではなく、ドライバーであると同時に表現者でもあろうとするその方の姿勢に、少しばかりの感動を覚えたのだ。

そこにあるのは他者に何かを伝えたいという純粋な動機と、自らの作品で乗客を楽しませようとする精神。

これが「一部300円です」とか言われたら話は変わってくるが、当然そんなことはなく全くの無償サービス、というかコピー代を考えれば持ち出しだろう。

人によってはそういう関わりを持ちたくない向きもいるだろうが、自分は嬉しい。

ちょっとした心配りに人柄は出るものであり、いいドライバーさんに巡り会えたことで心がじんわりと温まるのだ。

席譲りから感じられる日本の国民性

日本ならではの人情を感じる瞬間としては、他にもバスの席譲りがある。

バスでおじいさんやおばあさんが乗り込んできたら席を譲るのが当然のマナーだが、これは万国共通とは限らない。

たとえばタイでは子どもをやたらと大事にする文化があり、お年寄りだけでなく小さな子どもが立っていても「どうぞ」と声をかけられる。

また、中国の場合は礼儀正しい人がいる一方、頑として席を譲らないタイプもいないわけではない。

そして我らが日本だが、バスの中でたまに見かけるというか自分もまさにそのタイプなのだが、席を譲りたいけれど、声をかけるのが気恥ずかしいという人がいる。

おじいさんやおばあさんを見かけると、何も言わず席を立って出口の方に行くのだが、日本の場合はお年寄りでも「立っている方が健康にいい」とばかりに座らないケースがある。

カーブなどで揺れたら危ないからと思うのだがやはり座らず、次いで乗ってきたおじさんがドスンと座り、すぐにお年寄りの存在に気づいて、こちらはちゃんと声かけをして席を譲る。

そうすると今まで立っていたお年寄りも、相手の好意を無駄にしてはいけないと思ったのか「すみませんね」と言って席につく……こんな心の対話が自分は結構好きだったりする。

むろん、ごくまれにとんでもないマナー違反の乗客もいるけれど、アジア各国をさんざん巡ってきた者として言えば、日本のバスは「走る善意」と言ってもいいほどに優しさが満ちあふれている。

それは当たり前に見えて、実はかけがえのない日本の宝。

その価値に一度気づけば、普段電車通勤の人でも明日からバスやタクシーに乗り換えたくなる! 

……というのは明らかに言いすぎだが、本稿を通じて少しでも多くの方々に、バスとタクシーの魅力に気づいていただけたら幸いだ。

ささやかな感動を求めて、いざバス乗り場へ! タクシー乗り場へ!!

御堂筋あかり スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

 

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