捜査の「秘密」を運ぶ事件記者 ドライバーにも求められていた資質

ドライバー

筆者はかつて、マスコミで事件記者を経験したことがあります。

皆さんが「事件記者」という言葉からどのような姿をイメージするかはわかりませんが、なんとなく想像がつく通り、ハードでフットワークも求められる仕事であり、また、独特のスキルも必要とされます。

そして、筆者らを乗せてあちこちを駆け巡ってくれるドライバーにもまた、必要な資質がありました。

事件記者のハードな1日

筆者が警視庁記者クラブに所属していたときの生活は、実にハードなものでした。

仕事のやりがいは人それぞれなので、事件記者の仕事が好きという人もいますが、筆者は正直、もうやりたくないな、と思っています。

概ね、毎日このような生活を送っていました。あくまで大事件がない前提だと、このようになります。

日常的に5時起床

「夜討ち朝駆け」という言葉をご存知でしょうか。文字通り、まず、朝起きてすることが「朝回り」です。

事件の進捗や新しい事件、出来事について捜査員に話を聞くために、捜査員の自宅まで行き、朝自宅から出てくるところを待ち伏せするという取材方法です。

警察担当の記者は日中、幹部と面会することはできても、実際の現場で捜査にあたり詳細を知っている刑事と接することはできません。

それを聞き出すために出かけていくのです。

しかし、そう楽なことではありません。

日本各地には都道府県ごとに警察がありますが、東京にある警視庁にはおそらくここだけの、独特の事情があります。

多くの捜査員の自宅が、離れたところにあるのです。郊外のマイホーム居住ということがほとんどです。

千葉、神奈川、埼玉だけでなく茨城県内に住んでいる捜査員もいました。

しかも、警視庁の職員の出勤時間は朝8時です。

よって彼らが自宅を出るのは朝6時ごろ、それを待ち伏せするには、こちらは朝の5時には自宅を出なければ間に合わないのです。

移動中の睡眠にどれだけ救われたことでしょうか。

日中は記者会見、庁内、所轄巡り

そして、緊急の場合を除けば、朝9時半ごろから立て続けに各部署で記者発表が行われます。場合によってはそれを午前11時半に始まるお昼のニュースに突っ込んだり、その発表をきっかけに現場取材に出かけたりすることになります。

そうやってドタバタと午前中が過ぎると、午後は庁内や各警察署の幹部と面会して情報を収集したり、取材対象になっている現場や人があれば出かけていきます。

もちろん事件は24時間365日、予告などしてくれません。

突発の事件があれば、全員がかりで現場に移動します。必要に応じて記事も執筆します。

そしてまた、郊外へ

一般的な定時になれば、幹部らは自宅に戻ります。

夕方以降になると、そこをまた「夜討ち」しに行くのです。時間帯にもよりますが、帰宅しそうな時間であればインターホンを押して対応を待ちます。もちろん、幹部を除けば全ての捜査員がそんなことに応じてくれるわけではありません。

最初のうちは相手からすれば、見知らぬ記者がいきなり自宅を訪れてくるのです。対応も義務ではありませんし、むしろその場所で捜査情報を提供していたとなると、実は公務員としてはNG行為です。

しかし、記者と会うことが嫌いでない捜査員や、中にはどれだけ冷たい対応をしても諦めずに通ってくる記者の姿に絆されて、次第に会話をするようになる捜査員はいるものです。

朝と違い、夜は時間があるため、記者は2軒3軒と捜査員の自宅を回ります。場合によっては千葉県内から神奈川県内まで、ドライバーさんにお願いし移動してもらうこともあります。

捜査員が帰宅しているかどうかわからない時は、必要であれば終電の時間まで待ちます。住宅街に1人長時間立ち続けている不審者のような目で見られることも少なからずありました。

そして帰宅すると、当然、日付は変わっています。

ドライバーの生活も一心同体

そして、今はどうかわかりませんが、当時は事件記者の場合、1人に1台のハイヤーが割り当てられ、一日中移動のお世話になっていました。

朝回りのために記者の自宅まで来てもらい、そこからドライバーの仕事もスタートします。

そして日中、記者が庁内で作業をしている時間は、近くで待機してもらいます。午後の外出に備えて、休憩や食事もこの時間に取ってもらいます。外出の予定がなければ一旦そこで局に帰ってもらったり、あるいは他の記者を運んでもらったりと日々事情は変わりますが、基本的には1人の記者の朝回りから夜回りまで生活を共にするドライバーは少なくありません。

また、機転のきくドライバーの場合、記者としても手放したくありません。

突発事件にも慣れたドライバーや、事件記者のルールを知っているドライバーは貴重な存在なのです。

記者が最も守るべきもの

事件記者が最も守るべきものがあります。

それは「情報源の秘匿」です。

先ほどもお話しした通り、捜査員は基本的には捜査情報を誰にも漏らしてはなりません。

自分が記者に情報を渡しているとバレてしまうと、組織での立場は相当危ういものになってしまいます。

よって、信頼を置ける記者でない限り会話もしません。だから記者は、自分がどの捜査員から情報を得ているか、同業他社の記者にも知られないよう細心の注意を払います。

あるとき、筆者には懇意にしていた捜査員が何人かいましたが、そのうちの一人、千葉県に住んでいる捜査員の場合は、朝、その捜査員の最寄り駅まで10分ほどの道のりを一緒に歩きながら会話をしていました。

ほかの記者が通っている様子はなかったのですが、ある朝突然のことです。

その捜査員の自宅に朝寄ろうと思ったら、数人の記者が待ち伏せていました。

さて、このとき筆者はどのような行動をとったでしょうか?

同業他社の記者のものとおぼしき黒塗りの車が数台あるのを見つけた瞬間、その場を遠巻きに素通りして、都内に帰りました。

筆者がこの捜査員と個人的に接触していることを知られるわけにはいかないからです。

これで筆者は顔を見られずに済んだわけですが、それはドライバーに日頃からの慣れがあるからです。

早朝に自宅を出た記者にとって、捜査員の自宅までの1時間ほどの移動時間は貴重な睡眠時間です。

そして、上記のような事情がある以上、慣れたドライバーさんは着く手前に起こしてくれます。間違っても、捜査員の自宅の前に車を止めたりはしません。

ドライバーには車を「隠す」スキルも必要なのです。

先ほどのようなシチュエーションでは、「着きましたよ」といって起こされてしまっては、時すでに遅しとなってしまうのです。

これは、事件現場に当てはまるケースもあります。

「カーテンダー」の色が濃かったベテランたち

そしてなにより、事件記者にとって「車での移動」は、睡眠やゆっくりした考え事をする唯一の場所です。

それを分かっているドライバーは、行き先だけ確認すればあとは静かに眠らせてくれます。運転の仕方にも、高速でも極力揺れないような工夫をしてくれていました。

基本、丸一日同じ人間を乗せていれば、何かしら会話が生じたりドライバーから乗客に聞きたくなることもあるものですが、ほとんど会話なく終わる日も珍しくありませんでした。

それでも違和感を覚えることなく一日仕事をしていられるのは、まさに「理解」と「距離感」がポイントだったのだなあと今思います。

外で気を張ることの多い記者にとって、唯一気遣いなく気楽でいられたのが車の中でした。

また、朝筆者が起きられずにいると一度は電話をくれますが、それでも応答しない場合はそれ以上追い回すことなく、黙って自宅の前で何時間も待ってくれていたものです。

日頃の生活を知っていますから、「起きられないんだな」と察してくれるのです。

「バーテンダー」という言葉が「バー(止まり木)のテンダー(世話人)」に由来するとしたら、当時お世話になってきたドライバーさんたちは「カーテンダー」とも言えるような存在でした。

・・・とはいえ。

もちろん、時間があるときはいろいろな話をします。どんな話の流れでそうなったかは覚えていませんが、ドライバー同士の情報ネットワークはすごいと思います。

「○○記者はイラッとすると後ろから助手席のシートを蹴ってくるんですよ」。

そんな話を耳にして、なぜか自分が恥ずかしくなったものです。

やっぱりあの人は外面は良くても相手を選んでそんな態度を取る人だったんだなあ。

そんな話が続々と出てきたときには、それもまたありがたい情報として受け取っています。

これもまた、記者とドライバーの間の信頼関係なのです。

清水 沙矢香 2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

 

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